メゾン・マルジェラの歴史History

マルタン・マルジェラ

1959年(0歳)

ベルギーのランブールで生まれる。

1975年(16歳)

デッサンを学び始める。

1977年(18歳)

アントワープ王立美術アカデミーに入学。ファッション科を専攻する。
アカデミーの同期にはアントワープの6人がいた。

1980年代

1984〜1987年(25〜27歳)

パリで初めて見たジャンポール・ゴルチエのショーに感銘を受け、
アシスタント入り。84年〜87年までゴルチエの下で修行を積む。

師であるジャンポール・ゴルチエ氏

師であるジャンポール・ゴルチエ氏

マルタン・マルジェラの1984年春夏のデザイン

1983年、ゴールデンスプール賞を獲得した
マルタン・マルジェラの1984年春夏のデザイン

1988年(28歳)

パリにて「メゾンマルタンマルジェラ」設立。
ウィメンズ・メンズウェア、アクセサリー、
シューズ、フレグランスなど幅広く展開。

1989年(29歳)

1989年春夏コレクションにパリ・プレタポルテ・コレクションでデビュー。
それまで流行していたゆったりとしたシルエットに対し、シルエットの細いジャケットやボトムを提案し、タイトでボディフィットしたシルエットが全盛となるきっかけを作ったと言われている。
このようなことからマルジェラのスタイルは,
「脱構築(デコンストラクション)」や、全ての常識を覆すものであったことから「デストロイ・コレクション」と称された。

現在のようなタイトなスタイルはマンジェラがつくり出した。

オーバーサイズのファッションが主流だった1990年当時、
現在のようなタイトなスタイルはマンジェラがつくり出した。

つま先が割れたブーツはマンジェラの代名詞として有名。

カレンダーでライン分けした「0」は、手仕事により、
フォルムを作り直した女性のための服であることを示す。
つま先が割れたブーツはマンジェラの代名詞として有名。

衣服の再構築・再定義、ショーのスタイルなどコンセプチュアルな手法は、
多くの人々に影響を与えたマルタン・マルジェラ(MartinMargiela)、
またそのメゾンは、ファッションの歴史に最も大きな影響を与えた
メゾン(デザイナー)の1つと言われる。

1990年代

古着の活用(生地に古着を使用する)や新しい服の古着風加工など、
独自の視点からの服作りを行う。
マルジェラのスタイルはグランジでは括れないが、シャビー・ルックや、
90年代に流行するグランジファッションの先駆け的なスタイルと表現される。

1998年(39歳)

1998-1999年秋冬コレクションから2004春夏コレクションまで、エルメスのレディース、プレタポルテのデザインを手掛ける。

1998年春夏コレクションにはコムデギャルソンとのコラボレーションを行う。

2000年代

2001年(42歳)

ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で
「ラディカルファッション」展を開くなど、
多くの展覧会活動にも参加した。

2002年(43歳)

ディーゼルのレンツォ・ロッソのグループ企業の出資、製造、店舗開発など
まで支援を受ける。ここからグローバルで店舗数が増え、メゾンは2002年以降の6年で約5倍に成長した。

2010年代

2010年(51歳)

2010年、初のフレグランス「Untitled」を発売。

2012年(53歳)

2012-2013年秋冬シーズン、H&Mとのコラボレーションを発表。

2014年(55歳)

2014年、ジョン・ガリアーノがクリエイティブ・ディレクターに就任。

1995年
ジバンシィのデザイナーに就任。

1997年
クリスチャンディオールのデザイナーに就任。

1997年
オートクチュール・コレクションにデビュー。
また織部賞を受賞。

2007年
セカンドラインである「Galliano」を発表。

2009年
レジオンドヌール勲章に叙される

2015年(56歳)

2015年1月、ブランド名を「メゾンマルジェラ(MaisonMargiela)」に改名。